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大城康彦先生のご紹介

 

先生の経歴や活動状況をご紹介。面白いエピソードを教えていただいた時に、少しずつ掲載する予定です。


大城康彦(おおしろやすひこ)沖縄本島今帰仁村出身

  • 登川流師範取得(S62.6.2)
  • 湛水流師範取得(H10.3.12)
  • 関東沖縄民謡芸能協会会長
  • 登川流関東支部支部長
  • 川崎沖縄芸能研究会会長
  • 横浜市鶴見沖縄県人会・おきつる青少年育成会会長・理事長
 

1973年に関東沖縄民謡芸能協会を設立。続く1980年に琉球民謡登川流関東支部を開設。登川流関東支部としては、3年毎に鶴見でのコンクールの実施。また、神奈川県/川崎市より無形文化財指定を受けている「沖縄芸能大会」では、自身の研究所生徒による 2年毎の発表や、舞踊の地謡としての参加や、会長として舞台監督を勤める。都内においては現在、宮地楽器音楽教室にて三線教室を受持ち、弟子を講師として派遣(渋谷/新宿/立川/府中/吉祥寺教室、在籍生徒200名以上)。その他、舞台やテレビ・新聞・雑誌等に出演し、沖縄芸能の本土普及・発展に勤める。


登川流とは?

沖縄本島はもとより、関東・関西・九州、遠くは南米等とワールドワイドに弟子を有する最大の流派である登川流。その宗家が登川誠仁先生です。琉球民謡協会名誉会長であり、沖縄県指定無形文化財・琉球歌劇保持者、琉球古典音楽・湛水流名誉師範等、沖縄民謡会の第一人者です。1932年生まれ。幼少の頃より毛遊びに聴き入り自作の三線を作って独学で歌を覚え、戦後は米軍キャンプで働きアメリカ音楽を覚える。若い頃よりその才能が認められ、沖縄の芝居に地謡として活躍。その天才的な三線の腕は、それまで一人で舞台に立つことがなかった民謡歌手という存在を世に認めさせ、戦後最大の民謡ブームを築くこととなった。また、多くの作詞作曲をされ、今ではたくさんの県民や歌手に歌い継がれている。(今で言う、シンガーソングライターのはしりってことですよね!)最近では沖縄の民謡を知らない世代でも、昨今の沖縄ブームや、映画『ナビィの恋』や『ホテル・ハイビスカス』に出演をきっかけに一躍人気者に。大城先生とは、先生が学生の頃より半世紀以上のおつきあいがあり、登川先生と一緒に沖縄芝居の地謡をされたり、ラジオに出演されたりと、若い頃よりたくさん舞台を共にされてきたということです。

大城先生の活動をほんの少しだけご紹介します!(沖縄関連の活動をおもに紹介しています)
最新の活動

先日、NHKの番組制作よりウチナー口(沖縄方言)の翻訳を依頼される、このテレビ番組の放送は11月頃を予定。詳細がわかりましたら、このホームページでも紹介いたします。

過去の活動 神奈川・東京を中心に小・中・高・大学などから講演依頼を受け、20年程前から、沖縄の歴史や芸能文化を県内の学生や子供達に伝える活動をしていらっしゃいます。

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