沖縄本島はもとより、関東・関西・九州、遠くは南米等とワールドワイドに弟子を有する最大の流派である登川流。その宗家が登川誠仁先生です。琉球民謡協会名誉会長であり、沖縄県指定無形文化財・琉球歌劇保持者、琉球古典音楽・湛水流名誉師範等、沖縄民謡会の第一人者です。1932年生まれ。幼少の頃より毛遊びに聴き入り自作の三線を作って独学で歌を覚え、戦後は米軍キャンプで働きアメリカ音楽を覚える。若い頃よりその才能が認められ、沖縄の芝居に地謡として活躍。その天才的な三線の腕は、それまで一人で舞台に立つことがなかった民謡歌手という存在を世に認めさせ、戦後最大の民謡ブームを築くこととなった。また、多くの作詞作曲をされ、今ではたくさんの県民や歌手に歌い継がれている。(今で言う、シンガーソングライターのはしりってことですよね!)最近では沖縄の民謡を知らない世代でも、昨今の沖縄ブームや、映画『ナビィの恋』や『ホテル・ハイビスカス』に出演をきっかけに一躍人気者に。大城先生とは、先生が学生の頃より半世紀以上のおつきあいがあり、登川先生と一緒に沖縄芝居の地謡をされたり、ラジオに出演されたりと、若い頃よりたくさん舞台を共にされてきたということです。